「ブンとフン」(井上ひさし)

言葉遊びと一体となって「意味」を破壊する怪盗ブン

「ブンとフン」(井上ひさし)新潮文庫

売れない作家・フン先生のもとに
現れた男はなんと、
著作の小説「ブン」から抜け出した
怪盗ブン。
ブンは時間をこえ、
空間をこえ、神出鬼没、
やること奇抜、なすこと抜群、
不可能はなくすべてが可能、
どんな願いもかなう大泥棒…。

井上ひさしの芝居が大好きです。
こまつ座公演がときどき
NHK-BSで放送されていますが、
「太鼓たたいて笛ふいて」
「頭痛肩こり樋口一葉」など
Blu-ray Discに
録画保存して楽しんでいます。

さて、本作は戯曲ではなく、
著者の長編小説第1作目です。
なぜか十二万部も売れてしまった
小説「ブン」から
十二万人のブンが現れ、
世の中では奇怪な、
しかしユーモラスな事件が
無数に発生するという
奇妙奇天烈な筋書きです。

昔から、ナンセンス文学の
傑作として知れ渡っている
井上ひさしの名作ですが、
私は違う一面から楽しんでいます。
「言葉遊び」です。
本作品には、
随所に歌の歌詞が
ちりばめられています。
例えばお金持ちの奥様方の歌う歌。
 サイザーンス サイザンス
 おミュージックはサンサーンス
 ルネッサンスにサイエンス
 ファイヤンスにグッドセンス
 教養高いホモサピエンス
 ドレスはパリのハイセンス
 家具は柾目の桐ダンス
 普段の帯は緞子(どんす)でザンス
 貧すりゃ鈍す
 鈍すりゃ金子(きんす)がほしくなる
 ダンスは床しいフォークダンス
 旦那は東大出ておりやンス
 なによりきらいなナーンセンス

 家庭のしあわせここに存す
 サイザーンス サイザンス

ミュージカルの舞台が
目の前に見えてくるようです。
「歌詞」が頭の中で勝手に旋律を奏で、
歌い始めてしまいます。

これをオヤジギャグなどと
言ってはいけません。
「韻文による言葉遊び」なのです。
谷川俊太郎
著作「詩ってなんだろう」の中で
ふれています。
「詩的言語を目指すことで、
 日常流通している〈意味〉から
 つかの間解き放たれ、
 また〈散文〉に対する〈韻文〉の、
 必ずしも意味にとらわれない
 音としての面白さ、
 豊かさも意識するようになります。」

ブンの奇々怪々な振る舞いが
次々と世の中を変えていくのですが、
それが言葉遊びと一体となって
「意味」を破壊し、
新しい見方、新しい価値、
新しい世界を見せてくれています。
ブンがモノを奪い取るのに飽き、
ココロを盗み始める件は、
高度経済成長期での
物質信仰への批判なのでしょう。
発表から半世紀が
過ぎようとしていますが、
いまだに新鮮さを失っていません。
中学校1年生に薦めたい一冊です。

(2020.1.29)

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